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行動科学講座 理論の意義と社会生態学モデル

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行動科学講座始動!

行動科学は近年の行動経済学ブーム・ナッジブームもあり注目が集まっていますが、日本語での学習ソースが非常に限られています。アメリカでの学びを少しでも日本の皆様にお届けできるように行動科学系の記事を順次追加していくことにしました。

 

行動科学を学ぶ上でのつまづきの1つに自然科学における「理論」との違いがあります。私が行動科学を勉強し始めた時、自然科学に比べて普遍性に乏しいような印象を持ってしまい、非常に戸惑いました。また、同じ「行動」を焦点に当てたとしても複数の理論が乱立しており「なにが正しいのか」という疑問を持たずにはいられませんでした。この記事では行動科学における理論の意義を簡単に整理し、代表的な理論のひとつである社会生態学モデル(The Social Ecological Model)についてご紹介したいと思います。

理論の意義

保健行動科学における理論は、行動を分解し、行動をより深く理解するための「思考ツール」であるといえると思います。あくまでも思考ツールであり、普遍的な「正解」を示すものではないというのがポイントです。
ヘルスプロモーションを担う実務者にとっては、行動を理解した上で介入を立案し、効果を検証するための道標となります。

例えば「野菜を1日350g食べる」という行動を普及させようとします。

皆さんならどんな介入プランを提案するでしょうか?

「学校で食育授業を行う」
「スーパーでの野菜購入に補助金をつける」
「給食での野菜摂取基準を見直す」
「野菜を購入できるお店に税制上の優遇を与える」
「野菜にかかる消費税を減らす」
「野菜をたくさん食べられるレシピ動画を配信する」

といった具合に様々な案が浮かんでくると思います。
コストや実現可能性などを検討して絞り込むことも大切なのですが、どの介入が行動変容にもっとも適切なのかを考える際には理論が役立つでしょう。
理論は、対象となる行動の特性は何か、現時点でネックとなっている要素は何か、どのようにアウトカムを評価したら良いのか、といった疑問を解決するためのいわば「道標」なのです。

研究者が対象行動を理解する際には調査票やフォーカスグループインタビューによる情報収集を行うことがありますが、独自に調査票を作成する場合には理論を元に質問項目を吟味することによって、より意義のある調査・研究へとブラッシュアップすることが出来ます。

それぞれの理論は介入対象(個人・集団・文化的背景)などに合わせて選択し、必要に応じて複数の理論を組み合わせて使います。
介入する行動や対象によっても、どの理論が適しているかは変わってくるため、過去の成功例や研究を参考にしながら決定するのが良いとされています。

 

社会生態学モデル

The Social Ecological Model(社会生態学モデル)という単語は単独のモデルを指すわけではなく、これまでに複数のモデルが提唱されています。
社会生態学モデルの特徴は複数のレベルの要因が人間の行動に影響をしている点です。
最も代表的なモデルの1つであるMcLeroyのモデル(McLeroy,1988)では、個人的要因(Intra-personal)、個人間要因(Inter-personal)、組織要因、地域・コミュニティ要因、公共政策要因の5つに分けられています。

①個人的要因

行動に影響するひとりの人間が持つ信条・態度・知識・スキル・自己効力感等といった要因。
例)野菜を食べる重要性に関する知識。
野菜を購入し調理するためのスキル。

 

②個人間要因

ひとりの人間を取り巻く社会的支援や社会的役割を与える小さな単位のコミュニティに関する要因。家族の有無、友人の有無やそれらの人々の行動要因。
例)食事を準備してくれる家族がいるか。
正しい食生活を理解している家族がいるか。

 

③組織要因

特定の組織(地縁団体・学校・職場・宗教団体)などにおけるルールや規則による要因。
例)学食では1食当たり最低○gの野菜を提供するというルール。

 

④地域・コミュニティ要因

地域や特定の組織における社会的規範やソーシャルネットワークによる要因
例)地域でヘルシーメニューを出している飲食店にステッカーを配布する。

 

⑤公共政策要因

自治体や国の政策や法律による要因
例)野菜に対する消費税の撤廃。

 

しかし、これらの要因は相互排他的なものなのでしょうか?
もちろん地域やコミュニティにおける要因が個人の信条や知識レベルに影響したり、個人の能力がコミュニティ全体の社会的規範を変えることもあります。それぞれの要因は独立したものではなく互いに影響を与えあっており、このような関係性を「相互因果関係」と言います(Rimer, 2005)。
プログラムを立案する際にはどのレベル要因にアプローチするべきかを吟味し、どのような影響を与えうるかを予測するためにこのモデルは役に立ちます。

これらの理論を学ぶだけでは、行動科学理論の威力を体感することは難しいと個人的には感じています。実際に現場での行動分析やプログラム立案に活用することによって初めて「上手く使いこなせる」ようになるのではないでしょうか。
実務家の方たちには是非日常の思考回路に行動科学理論のフレームワークを取り入れていただければ幸いです。

 

1)McLeroy KR, Bibeau D, Steckler A, Glanz K. An ecological perspective on health
promotion programs. Health Educ Q. 1988 Winter;15(4):351-77. Review. PubMed PMID:
3068205.

2)Rimer, B. K., Glanz, K., & National Cancer Institute (U.S.). (2005). Theory at a glance: A guide for health promotion practice. Bethesda, MD: U.S. Dept. of Health and Human Services, National Institutes of Health, National Cancer Institute.

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