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HBR:医師をナッジするという難題

Nudgeの事例紹介

<はじめに>

Harvard Business Review(HBR)に臨床現場におけるNudgeの導入について面白い記事が掲載されていました。
Nudgeの手法は臨床医が多忙な中でも合理的な意思決定が出来るように現在米国では社会実装が進んでいます。
しかし、医療現場で実際にNudgeを活用とした際に医師を始めとする現場スタッフが反発するということがしばしばあるようです。
その原因と解決策について筆者らは考察をしています。
それでは内容を見てみましょう。
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ところで今回の記事の筆者にもU PennのNudge Unitの教授が含まれています。今やU Pennは臨床医療現場におけるNudgeをリードする勢いのようですね。

 

<医師がNudgeを嫌がる理由>

NudgeはDecision Architects (選択設計・決断設計)を応用することにより、よりよい選択を出来るように人々を導く手法として使われていました。しかし社会実装をする上では、医師や管理職やその他の専門職がこれらの介入を受け入れるのでしょうか。

設計者の意図にかかわらず、「他人に操られている」というイメージから余計なお節介として受け止められることがあります。

  • その主な理由として
  • 職務における高い目的意識
  • 自主性を重んじる姿勢
  • 知識向上に対する責任感
といった専門職の特徴が関連していると筆者らは考察しています。

 

筆者はこれまで臨床現場におけるNudge応用の取り組みを行ってきましたが、実際に現場では医師たちがNudgeを自主性や専門職としてのプライドを傷つけるものになるのではないか、と脅威に感じていたようです。
医師は高度な技術をもっており、エビデンスを元に臨床判断を行うように訓練されています。医療現場においては例外が常につきものであることや、普遍的に最適と思われる臨床決断ができるようなエビデンスが存在しないことなどから、医療現場では医師個人の自主性と裁量が尊重されています。臨床現場での細かい意思決定が複数のRCTやメタ解析に基づくエビデンスレベルの高いものではなく、専門家の個人的見解や施設のローカルルールに従って決定されることは医療従事者なら誰しもが経験していることだと思います。
どのようにすれば医師たちは「操られている」と感じることなく、Nudgeに協力してくれるのでしょうか。
筆者らは以下の3つの解決策を提示しています。
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<解決策①:透明性を確保する。>

Nudgeでは介入の意図は隠されていなければならない、いう誤解をしばしば見聞きします。しかし、実際には透明性を十分に確保/開示した状態での介入でも効果があることがわかっています。介入における透明性を確保するには、介入実施者側がNudgeの意図をあらかじめ臨床現場の人々と話し合い、すり合わせておく必要があります。
Pre-commitment Deviceのように、介入を受ける被検者が仕組みをわかった上で同意するというやり方も透明性の高い手法とされています。
いずれにせよ、臨床現場のスタッフから不信感を持たれないようにNudgeの意図等を十分に議論し、透明性を確保することが重要なようです。

 

<解決策②:Nudgeを共創する。>

Nudgeは受け身でなければいけないという誤解も実際に散見されますが、Nudgeは必ずしも当事者以外によってデザインされなければいけないわけではありません。Nudgeによる介入デザインを被検者(介入の対象者)と共に作り上げることは、プロセスを共有すること自体が専門職の自主性、目的意識や知識向上に対する責任感を強化することに繋がるからです。
また両者での議論を通して、問題の優先順位づけを行ったり、失敗を予測して対策を練ったり、仮説検証における追加調査が必要な事項を洗い出すのにも役に立つと思われます。

 

またビジネスの世界では個別化デフォルト(Personalized Adaptive Default)のように一人ひとりの特性に応じたNudgeを使用することもあるようで、医師のような専門性の高い職種に対するNudgeに向いているかもしれません。
私が思いつくものでいうと、医師の診療科によって抗菌薬使用の推奨を変える、医師個人の好みにあった鑑別疾患リストを自動表示する、患者の属性に応じて適切な食事オーダーのデフォルトを提案する等でしょうか。
画一的なNudgeよりも、個別性の高い医療に馴染みそうな概念ですね。

 

<解決策③:Nudgeをポジティブな目的に用いる。>

これまで主にNudgeの手法は医師が不適切な薬剤処方などのミスを減らすために使われてきました。
しかし医師のモチベーションを向上させるといったさらにポジティブな目的でNudgeの手法が使用されることもあります。
具体例として筆者らは、他の同僚と比較したパフォーマンスをフィードバックとして受け取ることで自己研鑽の礎にしているというアメリカの病院での例を挙げています。これはPeer効果によるものですが、実際にこの介入により医師のパフォーマンスを上げることに成功しているようです。

 

<まとめ>

Nudgeは非常に便利なツールであり、医師などの高度専門職に対しても有効であると考えられます。しかし余計なお節介として捉えられる危険性をはらんでおり、現場の第一線で働いている人々が介入を受け入れやすくするためには透明性を確保し、介入デザインの過程から医療現場の人々と協働する必要がありそうです。

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