Over compensationとは過剰な補償行為とも訳されるが、自分の弱みをかき消すために過度な努力を重ねる心理傾向を指す。
思い返すと私自身はずっとこのover compensationに悩まされてきたのだと思う。クイアであることを弱みだと感じ、それをかき消すために懸命に勉強し、優等生であろうとした。その傾向は今でも続いていて、常に+αの何かを自分に課してしまう。その結果として月に1回ほどは何も出来ないほどにバッテリー切れを起こすこともある。
でもそんなプレッシャーは他人から見ると大体はバカバカしいものだ。自分が勝手に強迫観念に囚われているに過ぎない。
産業医学の文脈ではJohn Henryismとも言えるかもしれない。長期的なストレスに晒されると過剰な努力や労働によって対処しようとする客観的には不合理な対処行動だ。
努力すれば自分自身を簡単に肯定し、価値ある人間だと感じられる。これは自分のありままを肯定するよりもはるかに簡単だろう。努力を可視化すると他者からの承認も得やすい。でもそんなことを続けるとどこかで無理が来てしまう。
そんな時にたまたまどこかで目にした「幸せのはひふへほ」という合言葉が心に染みた。
は→半分が良い
ひ→人並みが良い
ふ→普通が良い
へ→平凡が良い
ほ→程々が良い
ということだそうだ、そのくらいの中庸がよいのだ。
過ぎたるは及ばざるが如し。加齢とともに体力が落ちたとき、どんな人にもover compensation戦略の限界が訪れる。はひふへほの中庸戦略の練習を早くから始めていこうと思う。それが長い目で見たwellnessに繋がるはずと信じて。



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