※ネタバレ含みます
この映画は、香港を舞台に、60代のレズビアンカップルが突然死によって伴侶を失ったところから非情な物語がスタートします。「一生面倒を見るからそばにいてほしい」そんなロマンチックな言葉で、男性との愛のない結婚を諦め、香港でカップルとして生きることになったパットとアンジー。互いの家族を思いやり、兄弟や甥姪とも1つの家族として過ごしていた2人。
パットの死後直後には家族の一員としてアンジーは暖かく支えられるものの、埋葬場所の選び方で擦れ違いを生じ、遺産の分配をめぐり両者の距離は離れていきます。
アンジーはパットの面影が残る家に住み続けたいと願いますが、同性婚が法制化されていない香港では彼女になんの権利もありません。どんなに長い期間、支え合っても家族として認められないのです。
それよりも家長であるパットの兄の方が全てを仕切り、自分の味方でいてくれていた甥まで婚約者の妊娠を理由に家を譲り渡すように静かに迫り始めます。
その過程には大きなドラマがあるわけでなく、ジワジワと水が土に染みるように、自らの貧困や劣悪な住環境を理由にアンジーの手から大切なものを奪っていくのです。そしてアンジーにはその侵食から守ってくれる法制度がありません。
こんな救いのない環境のなかで、どうアンジーが生きていくのか、そんな苦い物語でした。
日本も香港も同性婚が法制化されていません。
例え今は家族がサポーティブでも、経済的に困窮すれば、簡単に非情な選択を悪気なくとるでしょう。
「配偶者」としてではなく「親しい友人」などといって私たちの歴史を書き換えるでしょう。
そんな悔しい思いをする人達はこれまでも、これからも存在します。法律が変わらない限りは。
私達は最近、遺言書を相互に法務局に登録しました。お互いに遺産を残せるように。それでも私達は日本では法的に家族ではないために相続税が20%加算されます。不動産の配偶者居住権や、税額評価における減額制度なども利用できず、悲しみが癒えない間から不当に高い税金を納めることになります。
そして法務局での登記も労力がかかります。私たちの時間も、そして法務局のスタッフの方の時間も。
これは社会のなかで制度が確立していれば不必要なリソースが浪費されているのと等しく、ある意味で納税者や社会全体の負担になっていることに他なりません。そして当事者は常にエスカレーターを逆走するような徒労感に見舞われます。
パートナーシップがあればよいだろうという御意見もありますが、そもそも現行の制度ではこのような法的保護は与えられていませんし、法的保護のあるパートナーシップ制度を構築し婚姻との別制度を構築・運用することはかえって社会的コストが高く、最終的に無駄な努力で終わる可能性が高いです。
この国で同性カップルとして支え合う人達が当たり前に婚姻が認められることを願っています。
この映画の唯一の救いは、アンジーには友人が沢山いたことです。LGBTQ+のコミュニティや友人の力は力強いものだと私も信じています。法律ができるまでの間、そんな風にお互いに支え合い生き延びていきたいと思いました。



コメント