なぜ、資産が必要なのか。
その問いに対し、僕は「贅沢をするため」ではなく、「いくつかの自由を手に入れるため」だと思っている。
資産とは、不条理な社会を自分らしく歩き続けるための、「守りの手段」の1つであり「自由へのチケット」なのだ。
職場や住まいを選択する自由
まず、職場という環境において、資産は強力な選択肢となる。
理不尽な人間関係や、心身の健康を損なうような労働環境に置かれたとき、十分な蓄えがあれば「いつでもここを去る」という決断ができる。職場の環境がクイアの人たちにとって優しくないことは残念ながら少なくない。異性愛者を前提とした社内制度やコミュニケーションに疲れ果て、自分のアイデンティティを隠すことに消耗してしまって本来の自分の実力を出しきれないこともあるだろう。そんな時に「職場を変える」という選択をするにも資産は大きな心の支えになってくれるだろう。
日本には失業時の給付(雇用保険)をはじめとする公的制度が整っているが、給付までの待機期間を支えるのは、自らが用意した貯蓄に他ならない。この期間は自主的に退職した場合には残念ながら長くなってしまうので、やはり数ヶ月分の生活費は最低限準備しておく必要があるだろう。
また、キャリア上のブランクがなく転職する場合でも、新しい職場で馴染めるかは分からない。そんな賭けに出る際にも資産が多少なりともあると安心してリスクをとれるだろう。僕自身も過去に転職を経験しているが、やはりある程度の資産が作られていたことが自分の背中を押してくれた。経済的に困窮した状態ではリスクがとれず、現状に甘んじるような方針しか取れなかったと思う。そういう意味では、堅実な資産形成をしていた自分に感謝している。結果として、今は自分らしく仕事ができる環境で思いっきり働くことが出来ている。
また、住居の選択も同様だ。クイアの人々にとって、住まい探しや地域社会の理解は、時に高いハードルとなる。しかし、資産があれば、多様性に寛容なエリアを選択し、自らの居場所を確保することが可能だ。さらに視野を広げれば、日本以外の国で生きる選択肢も見えてくる。同性婚が認められている国への移住や、海外の大学院での学び直し。あるいは投資家ビザの取得など、資産は物理的な「境界線」を越えるための支えになるのだ。
実際に僕も研修医として貯めた貯金と奨学金によって海外の大学院に留学し、修士号を修めた。この経験が自分のキャリアをグローバル化させるのに役立ち、何かあっても世界中どこでも生きていけるような(というと大げさだが)スキルと職歴を手に入れることに直結した。まさに住む場所の自由を作り出してくれたのだ。
クイアであるハンディキャップを埋め合わせるために
カミングアウトと「自立」という防衛特に家族との関係において、資産は人間関係の選択に大きな影響を与える。家族へのカミングアウトは、時に経済的支援の断絶や、縁を切られるといったリスクを伴う。もし経済的に依存した状態であれば、自分を押し殺して生きる以外の選択肢が失われかねない。 「いざとなれば自分の力で生きていける」という経済的自立は、不測の事態においても自らのアイデンティティを守り抜くための支えになるだろう。
また、不公平な社会を生き抜くためのコストを埋め合わせるためにもお金がかかる。
現在の社会制度において、同性カップルが異性カップルと同等の安心を享受しようとすると、どうしても追加のコストが発生するからだ。入院時の面会や遺産相続など、当たり前の権利を守るためには、弁護士を介した公正証書の作成といった手続きが欠かせない(もちろん弁護士を介さない方法もあるが、いずれにせよ時間や費用がかかる選択肢が多い)。 法的保護を小さくても受けられるようにと、私たちがフランスで結婚したときには、旅費も含めて日本で結婚するのとは比べれない費用がかかってしまった。「なぜ自分たちだけが、平穏を買うためにお金を払わなければならないのか」その理不尽さに憤りを感じることもある。しかし、嘆いているだけでは現状は変わらない。
だからこそ、今、自分が「影響を与えられること」を積み重ねていく必要があるのだ。
資産を積み上げるという、小さな、でも確かな抵抗。
資産形成は、特別な誰かだけのものではない。日々の生活を見直し、少しずつ「余白(貯金)」を作り出し、それを金融資産に変えていく。どのくらいの資産が必要化は人それぞれだが、一歩踏み出すことは誰にでもできる。このブログでは、これからも理不尽な社会を賢く生き抜くための知恵を共有していきたい。自由を自分の手に取り戻すために、共に一歩ずつ進んでいければと思う。


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