<システム1とシステム2>
行動経済学の大御所カーネマンによると人間の思考はシステム1とシステム2に大別出来るそうです。システム1はいわば「直感」のようなもので、物事を瞬時に経験に基づいて判断する自動化された思考です。一方でシステム2は論理的に物事を熟考し判断を下すようなタイプの思考を指しています。
食行動のような日常的な生活の思考は一般にシステム1に依っていると考えられています。食育などの古典的な介入はシステム2に働きかけるようなものが多く、システム1を刺激するような介入が求められています。
<コミュニケーションは単純であるべき>
どのように「健康的な食事」を伝えるかという事を工夫することで行動変容を促せる可能性があります。しかし、カロリー表示のような数字でのアプローチはシステム2を必要としあまり効果的とは言えないようです。
(実際の医療現場では塩分6g以内、1日1500kcal以内のように数字で指導される事が多いですが。)
1500kcalという数値は一般の人々にとっては「記号」に過ぎず、実感を伴って理解出来るものではありません。眼の前の100kcalのおやつを食べると何が変わるのかを想像するのは容易ではないでしょう。
また教育歴や経済的要因によってその理解度が大きく左右されてしまうことも予想されます。
もし100kcalが30分のランニングで消費されるカロリーと同じだと伝えられるとどうでしょうか?少しは実感をもってカロリーを理解出来ますよね。
このように数値を身近な指標に置き換えることも、コミュニケーションでは有効だとされています。
また、カロリー表示の代わりにもっと単純化された形で人々に訴えかける方法もあります。
<信号色の食品表示ラベル>
イギリスでは信号色(緑・黄・赤)のラベルが食品に表示されているそうです。栄養学的に健康なものから順に緑・黄・赤とラベルがつけられています。緑は信号では通行可能を示しているため、緑は食べても良いものだと直感的に理解することができます。このように信号での通行といったシステム1によった思考を上手く食事の選択に結びつけることで、食行動の変容を促すことが出来ます。
また信号の色の意味は誰でも知っていることなので、社会経済的格差の影響を受けにくいのではないかと考えられています。
<病院カフェテリアでの介入試験>
アメリカ・ボストンにあるマサチューセッツ総合病院のカフェテリアで、信号色の食品表示ラベルの介入試験が行われています。
信号色のラベルを表示することによって赤カテゴリ(摂取を控えたほうか良い食品)の購入が9.2%減少し、緑カテゴリ(健康に良い食品)は4.5%増加しました。
さらに飲み物だけに限ると赤カテゴリの購入は16.5%減少し、緑カテゴリは9.6%増加しました。
このような傾向は2年後の追加研究でも継続してみられています。
もともと食品はカロリーや1日の推奨摂取量に占める割合(%)等が表示されていることがほとんどですが、信号色のラベリングという単純なコミュニケーションの方が消費者の行動を誘導するのに役立てられそうですね。
また人種差や職業に関係なく赤カテゴリの消費を減らした、との報告もあることから社会経済的格差の是正にもつながる可能性があります。
個人的に残念な点は、今回の研究ではカフェテリア全体の売上に対する検証がなされていないことです。
このような介入をした結果、売上が減ってしまうようでは社会に浸透させるのは難しくなってしまうでしょう。逆に売上が増えれば、より多くの事業者が導入する動機づけにもなります。いずれにせよ、今後の研究に注目していきたいと思います。
<まとめ>
- 人間の思考はシステム1とシステム2に分けられる。
- 人間の意思決定にはシステム1が大きく関与している。
- 数値データは多くの人にとって複雑で実感をもって理解出来ないもの。
- 単純化したコミュニケーション方法が有効
<参考文献>
- Kahneman D. Thinking fast and slow. New York NY: Farrar, Straus and Giroux, 2011.
- Roberto and Kawachi.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25441239
- Thorndike AN et al 2011.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22390518
- Thorndike AN et al 2014 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24439347
- Levy et al 2012. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22898116
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