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臓器移植と行動科学-強制選択という方法-

Nudgeの事例紹介
行動経済学の医療応用例で臓器移植はよく引き合いに出されるトピックです。
「Nudge」の著書であるRichard Thaler教授もその内容について記していますが、世の中で紹介されるOpt-in vs Opt-outという二項対立よりも一歩踏み込んだ議論をしているので紹介したいと思います。

<日本における臓器移植の現状>

日本で移植を待っている人は2017年9月現在で13836名いらっしゃいます。そのうち腎臓12489名、心臓641名とされています。腎臓に関しては本邦では親族・配偶者からの生体腎移植も行われていますが、未だにこれだけ多くの人が移植を必要としています。
その一方で日本で行われる脳死・心停止後の移植件数は年間で100件にも及びません。2010年に法改正が行われ、本人の意思が不明な場合は家族の同意で移植が可能となりました。これにより移植件数は増えてきていますが、未だに年間100件未満なのです。
海外に目を向けてみると人口百万人当たりの死体ドナー数はスペインが34.2、EU平均が16.8に対して日本はわずか0.1にとどまります。
移植のドナー確保が、移植医療の向上のために我が国でも益々重要になるでしょう。

 

<Opt-outというナッジ>

日本では臓器提供のためには本人の同意が必須でしたが、2010年の法改正により家族の同意により臓器提供が可能となりました。いずれも臓器提供の意思を自身もしくは家族が申し出ることが必要です。

 

自身の意思を示す方法には、臓器提供意思表示カード、運転免許証や保険証にある臓器提供の意思表示欄、日本臓器移植ネットワークへのオンライン登録などの方法があります。
Richard Thaler教授は彼の著作の中で、アイオワ州でのデータを引用し臓器提供の意思を有している人のうち、運転免許証にある臓器提供の意思表示欄を記入していたのは64%に過ぎないことを指摘しています。
臓器提供の意思表示にかかる様々な障害(たとえ免許証の裏に記入するという1分程度の作業であっても)が臓器提供者が少ない要因となっているようです。
これはデフォルトの選択肢が「臓器提供をしないこと」になっていることが問題だと教授は述べています。

 

これに対する単純なアプローチはデフォルトの選択肢を「臓器提供すること」に変更することです。つまりは「臓器提供しない」と意思表示をしない限り臓器提供者としてみなされる(=Opt-out方式)というものです。これを支持する根拠としてはOpt-out方式を採用した場合と中立的な条件で臓器提供の意思を確認した際に臓器提供に同意した割合がほぼ同等だったいう研究があるようです。
臓器移植が盛んなヨーロッパではこのようなOpt-out方式が採用されている国が多く、オーストリアでは99%が臓器提供に同意しているようです。

 

しかし、このようなOpt-out方式に問題はないのでしょうか。
Opt-out、つまりは「臓器提供しない意思を表示しなければいけない」ということを認知するのに学歴や所得が関係していたとするとどうでしょうか。
教育歴が低い人が、制度への理解が乏しい、あるいは意思を反映させるための行動を取れないというシナリオは十分にありえると思います。
つまり、「臓器提供しないという意思表示がない」ということから、「臓器提供に同意している」と”推定”するのには無理があるだろうということです。
自分の意思を反映させられずに、本来の意思とは異なる形で臓器提供が行われるのは好ましくないと考えます。

 

<強制選択という方法>

自由を尊重する方法としてThaler教授は強制選択を提案しています。
これは臓器提供意思の有無を推定することなく、ただ中立的に「意思表示」自体を矯正するという方法です。具体的には、免許の更新時に臓器提供の意思表示欄に記入がないと免許更新を受け付けないというようなものです。つまり人々は「臓器提供に同意する」か「臓器提供を拒否する」のどちらかを免許更新を期に意思表示することをせまられるのです。
ネットの多くではOpt-in、Opt-outの二項対立でしか議論されていないことが多かったので、強制選択という方法についても取り上げてみました。

 

<まとめ>

  • 日本の臓器提供数は先進国で圧倒的に少ない
  • Opt-out方式は臓器提供数を増やすかもしれないが問題もある
  • 強制選択という方法が有力な選択肢となるかもしれない

 

<参考文献>

Richard H. Thaler and Cass R. Sunstein, Nudge: Improving Decisions about Health, Wealth, and Happiness, Revised and Expanded Edition (New York: Penguin Books, 2009)

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