ボスはとってもフランクだった
僕の留学先の研究室は間違いなく、世界でも1流です。小規模ではありますが、医学者なら誰もが憧れるような有名医学雑誌に画期的な論文を毎年数多く発表し続けているのです。そんなラボを率いる教授は、なんと中国出身。しかも、中国で医師として働いた後に渡米し、研究所のトップにまで登りつめた相当な実力者です。アメリカ研究者社会のサクセスストーリーといっても過言ではないでしょう。そんな雲の上の存在のボスはさぞかし恐くて、張り詰めた空気をまとっているに違いないと、僕はビクビクしながらこちらの研究室に来たのですが、会った瞬間にその勝手な妄想は打ち砕かれてしまいました。
「Hi!!よく来たね!!待ってたよー!!」
と素敵な笑顔と流暢な英語で出迎えてくれた、その人こそが僕が憧れ続けたボスだったのです。簡単な自己紹介をした流れで、年齢を聞かれて23歳であることを伝えると、それまでわずかに僕のことを探るように恐る恐る会話していたボスも、急に子どもを扱うかのようにあれこれ世話を焼きだしてくれたのです。僕自身の実力からすると1人前の研究者として扱われるのはまだまだ窮屈だったので、すこし安心したのを覚えています。
それからというもの使えそうな研究の情報をメールで送ってくれたり、ランチの時に研究の潮流を教えてくれたり、新しい研究の提案をしてくれたりと、世界トップクラスの研究者の背中から学ぶ機会は数多くあり、充実した研究生活を送っています。
(未だに僕の名前をうまく発音出来ないのはご愛嬌です笑)
失敗する勇気をもつこと
1流の研究者は何が違うのか。そんなことを意識しながら、ボスの言動に耳を傾けていると分かってきたことがいくつかあります。ひとつめは、とにかく挑戦し続けろ、と口うるさく言われることです。先日、ある案件で相手方の条件と折り合わない部分があり尻込みしていたところ、「ダメ元で良いからやってみろ。断られたって失うものは何も無いんだから!」とあっさり言われてしまい、なんだか単純明快すぎる答えに笑って同意してしまいました。
論文がなかなか受理されない部下に対しても、
「俺だって、何度も何度も一流雑誌から論文を却下(Reject)されているよ。でも心を強くもて。そんなことで動じるな。良い論文を書いたという自負とちょっぴりの運があればきっと上手くいく。」
と優しく声をかけていました。
きっとボスが一流雑誌に論文を出し続けられるのは、質の高い研究をしているのはもちろんですが、却下され続けても挑戦することをやめないからなのでしょう。失敗する勇気をもって、一歩を踏み出す。そう、失うものは何もないのだから。
しなくていいことを考える
やるべきことを考えろ、ということは巷でもよく言われることです。けれど、しなくていいことを考え、無駄な労力をかけないということも同じくらい大切なのではないでしょうか。僕のボスは、「時間は重要な資源だ。やらなくていいことに無駄な労力をかけるな。」といつも言っています。
例えば、疫学の分野では毎年のように新たな解析技術が登場します。それに伴い背景にある数学的なモデルも複雑化しているのが現状です。新たな技術が登場した時、数学を勉強しなおしてその背景まで理解するのは不可能ともいえるでしょう。そういった状況の中で、無理に深追いするのではなく、多様な数学者が評価した結果を吟味し、短所と長所を把握した上で、解析の際の留意事項するのが疫学者の努めだと思うのです。
科学における自分の果たすべき役割を大局的に見極め、自分がやらなくてもいいこと、より詳しい他の専門家に任せたほうが良いことからは思い切って手を引く。そして、自分のすべきことに力を注ぐ。今後、より複雑化する研究社会のなかで、自らの専門家としての価値を保つためにはこういった姿勢も重要なのかもしれません。
シンプルに分かりやすく伝えること
先週末から学会が開催されていることもあり、研究室内では予演会が開かれていました。一流の研究室というだけあって、プロのデザイナーのような美しいスライドを使った発表もあり、非常にレベルが高いと感じました。そんな中でボスが繰り返し指摘していたのは、メッセージをシンプルに分かりやすく伝えろ、ということでした。
研究者にとって自分の研究は我が子のように思い入れがあり、可愛いもので、ひとつの発表の中に色々な要素を詰め込みがちです。しかし、発表を初めて聞く人にとっては、難解なものとなり、結果として誰も耳を傾けてくれなくなる恐れがあります。また、学会とはいえ、多様なバックグラウンドの研究者や医療従事者が参加するわけですから、疫学者の常識が聴衆の常識でないことに十分注意する必要があります。不必要な統計学用語を用いないこと、研究デザインの意義や意図をわかりやすく解説すること、見せる結果を絞り、ストーリーをシンプルにすることなどが大切なようです。
研究結果を学会で発表することでフィードバックを得たり、研究費獲得のために申請書類でアピールしたり、研究者としてのポジションを確保するために自分の研究を売り込んだりと、研究者はプレゼンで生きる職業でもあります。
シンプルで分かりやすい(そして出来れば美しい)プレゼンをする能力というのは、研究者として1流になるには欠かせないスキルなのだと学びました。
研究の内容は機密事項が多く、あまりブログに記すことが出来ないので、今回はこういった抽象的な記事になってしまいました。
時間があるときにでもJAZZ巡りの記事を投稿しますので、お楽しみにー!!
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