新型コロナウイルスとインフルエンザの同時流行に警戒感
今年もインフルエンザの予防接種シーズンが近づいています。
日本では厚生労働省が新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの同時流行の可能性も考え、10月1日より65歳以上を対象にインフルエンザワクチンの接種を呼びかけることにしているようです。
また65歳以下の基礎疾患がある方や医療従事者、妊婦や子どもたちに対しても10月後半から接種の呼びかけを始めるとのことです。
日本感染症学会は「今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて」という提言書をまとめており、
今冬は、COVID-19 とインフルエンザの同時流⾏を最⼤限に警戒すべきであり、医療関係者、 ⾼齢者、ハイリスク群の患者も含め、インフルエンザワクチン接種が強く推奨されます。
としています。
そんな状況下で、インフルエンザワクチン接種率は定期接種対象者に限って言えば50%程度で推移をしているようです。
どのようにすればインフルエンザワクチン接種率を上げることが出来るのかについて行動科学の分野でも様々な研究が行われてきました。
接種日を指定するChanging Default戦略
インフルエンザワクチン接種の予約をOpt-out方式 vs Opt-in方式で実施し、ワクチン接種率を比較した研究があります。
Opt-out方式では、インフルエンザワクチンの案内メールに、ワクチン接種の予約日時を入れ込み、都合が悪い場合にはメール内のURLから日時の変更やキャンセルの手続きが出来るように設計されました。
他方、Opt-in方式では、案内メールの中にあるURLから自分で予約をとるようなデザインになっています。
つまりOpt-out方式では「ワクチン接種の予約」がデフォルトとして設定されており、それを変更したり、キャンセルしたりするには労力が伴うことになり、defaultであるワクチン接種の率が向上することが期待されます。
結果Opt-out方式では45%(239人中108人)、Opt-in方式では33%(239人中80人)がワクチンの接種を受けました。
このようなデフォルトを変えてしまうという戦略は非常に有用なのですが、一方で実務的な側面からは様々な問題が考えられます。
今回の研究では大学という限られた場所でのワクチン接種だったため、システムの構築を含めて実現可能な範囲なのですが、地域といった大きな範囲でやるにはロジスティック面での障壁が大きな問題となりそうです。
また費用についても実施主体が全額負担をしているため、このような運用が可能となりますが、自己負担が生じる場合などには「勝手に予約日時を設定する」という行為自体が受け入れられにくいのではないでしょうか。
とはいえ、限られた組織の中においては、このようなデフォルトを変えてしまうという戦略は非常に有用だと思われます。
より大きな集団にアプローチをするリマインダー戦略
先の研究とは異なり、低コストでより大きな集団にアプローチする方法としてリマインダーの送付という戦略をとった研究も報告されています。
アメリカでの研究ですが約23万人のメディケアの被保険者を5群に分け、そのうち4群に異なるメッセージが記載されたインフルエンザワクチン接種を呼びかける手紙を送付し、それぞれの群のワクチン接種率を比較したという研究です。
結果、手紙を出した4群間での有意な差は見られず、手紙を出さなかった群(コントロール群)と手紙を出した群(介入群:4群)の間に有意差が見られました。
具体的にはコントロール群のうち25.9%の人々がワクチン接種を受け、介入群では0.4-0.7%程度ワクチン接種を受けた人が多いとの結果でした。
0.4%というと効果量としてはささやかな印象も受けますが、手紙を出すコストが著しく低い場合や、人数による追加コストがほとんどかからない電子メールでのリマインド送信であれば、良い施策になりうるかと思います。
NNTは111から250と報告されており、111人から250人に手紙を送るとインフルエンザ接種を受ける人を増やすことが出来るようです。
これ施策を実際に行うには、手紙の送付に係るコストや、実際の効果量の解釈等を多面的に考慮する必要がありそうです。
インフルエンザワクチン接種でナッジは活用されるか
これらの施策を実際の介入として落とし込むには先程述べたように費用に対してどの程度の効果があるのかについての価値判断が必要となります。
また「ナッジ」というバズワードに囚われすぎず、住民や対象集団の予防接種に対する障壁を洗い出しそれに対しての対策を幅広く検討することが重要です。
例えば費用が行動の障壁となっている場合には無料化や補助金の検討が求められますし、安全性に対して懐疑的な人が多くいるのであればエビデンスに基づく情報提供が必要になるでしょう。
ナッジが変えられるものには限界があります。手段を目的化することなく、施策を立案することが目的達成への近道となります。
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