<はじめに>
世界で最も権威のある医学雑誌の1つであるNew England Journal of Medicine (NEJM) 5月号にナッジ関連の記事が載っていたので早速読んでみました。
著者らは米国・ペンシルベニア大学のNudge Unitを率いるグループで、中には行動変容におけるインセンティブの効果を研究していることで有名なVolpp教授も名を連ねていますね。
最近ではインセンティブ研究だけでなく、関連病院群をフィールドとしたNudgeの応用にも取り組んでいるようです。
それでは早速内容を内容を覗いてみましょう。
※以下の内容は逐字訳ではなく内容をざっくりと要約したものです。一部私見を含めてわかりやすくしています。
詳細が気になる方は原文をご確認下さい。
<医療現場におけるNudge>
どんなに優秀な医師でも常に最適な治療や診断が行えているわけではありません。
時には過剰な検査をオーダーしてしまうこともありますし、ガイドラインで推奨されている治療や検査をスキップしてしまうこともあります。これらは決して医師個人の知識不足や、判断ミス、悪意によってもたらされるものではありません。
「常に最も合理的な意思決定をする」という事自体が非常に難しく、医療現場を取り巻く環境がそのような意思決定をサポートできるような状態にないことが原因だと筆者らは指摘しています。
医師の意思決定は環境に大きく左右されてしまいます。例えば、薬の名前が覚えやすかったり、リストの上位に表示されると、より処方されやすくなります。
またデフォルトの設定にも大きく左右されます。6時間毎のバイタルサイン測定がデフォルトに設定されている場合、本来は12時間毎の測定で問題のない患者に対しても6時間毎の測定が指示されてしまいやすくなるのです。
このように臨床上の意思決定が現場の環境に大きく影響されることが認識され、病院グループなどを中心にNudge Unitを立ち上げる動きが出てきています。
医療者の行動をNudgeするためには電子カルテシステム上でのデフォルトオプションを変更したり、医療者がよりよい意思決定が出来るように促す仕組みを設けたり、表示の工夫や他者との比較によるフィードバック等により特定の行動を選択しやすくするようにする必要があります。
しかし実際問題このような施策を病院で実施する際には、多くのステークホルダーが関与することになります(カルテ管理会社、医師、コメディカル、医療情報管理部、医療安全部等)。
そういった中で変革をもたらすのは政治的にも、技術的にも簡単なことではありません。
従って臨床現場や医療情報管理における強いリーダーシップが必要であり、行動科学や統計学、情報システムの専門家らをチームに入れることが望ましいと考えられます。
<Nudgeカンファレンス>
- Nudgeを活用することの出来る課題を特定するのにどのようなプロセスが必要か。
- どのように課題の優先順位を決定するか。
- 課題の現状を評価するためにどのようにデータを用いるか。
- 一連の活動の中で重要となるステークホルダーは誰か。どのようにしてその人達を取り込むか。
- どのようにアウトカムの評価が可能な状態でNudgeを実行するか。
医療現場でNudgeを実行するための5ステップ。1.課題を抽出する。・現場の最前線ではたらく職員、臨床やIT面でのリーダーを巻き込む。・障害のほとんどない実現可能で、インパクトの大きい課題に着目する。・広い視点と細かい視点の双方から課題を理解する。・ガイドライン、他病院の取り組み、SNS、文献などを検索し参考にする。・患者やその家族、影響を受けているコミュニティを巻き込む。2.優先順位を決定する。・現時点で利用可能な資源を知る。・他の病院での成功例を参考にする。・ニーズや改善すべき課題を明確に定義することで潜在的なインパクトを予測する。・チームの専門技術を上手く活用する。・構造的な制限(インフラ面等)をあらかじめ検討する。3.データを活用して課題の現状を把握する。・異なるソースの異なるタイプのデータを評価する。・患者の行動や属性について検討する。・介入者の負担や、臨床アウトカム、実施に際して検討すべき変数について理解する。・これらの探索的なデータ解析を課題特定や介入実施に活用する。・個人的な経験を問題の把握や、周囲からのサポートを得るために活用するべき。4.ステークホルダーのサポートを得る。・今までは関わることの少なかった政策立案者や製薬会社、地域コミュニティもステークホルダーになりうる。・ステークホルダーとビジョンを共有し、取り組みに賛同することのリスクを軽減する。・それぞれのステークホルダーにあった方法で活動に引き込む。5.明確な仮説に基づいてNudgeし、ステークホルダーにとって有用やアウトカムを評価する。・アウトカムを質的・量的に評価出来るよう、パイロットスタディ、本介入、評価の過程をデザインする。・成功事例も失敗事例も広く共有する。
<まとめ>
そのような状況の中で、Nudgeを上手く活用することにより臨床現場における意思決定をより合理的なものにすることは今後の重要な課題と思われます。
今後、多くの実務家がNudgeの社会実装に取り組みさらなる知見が蓄積することを期待しています。
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