今日はトビタテ留学JAPANの壮行会が東京・文部科学省で開催されました。4期派遣学生、支援企業・団体、政府関係者、学校関係者が一同に集い非常に賑やかな会でした。
印象に残ったことをいくつか書き留めておきたいと思います。
①政府代表・文部科学大臣の馳氏の挨拶
フランスの詩人ヴェルレーヌの「選ばれし者の恍惚と不安と二つ我にあり」という言葉を引用されながら、私達に語りかけて下さいました。たしかに、トビタテに採択されてからというもの、選ばれたことへの喜びよりも日々留学に対する不安が募っていくのを感じています。ビザの手続きや寮の手配といった事務手続きから、トビタテから頂いている経済的・社会的な支援を十分に活かして成果をあげられるのかといったことまで、他人からするとしょうもないことなのでしょうが、はじめての留学に対する不安は消えるものではありません。そういった心情を客観的に認知し、受け入れながら自分に出来ることを実直に行うしか無いのでしょう。馳大臣は、高校教師→プロレスラー→政治家という異色のキャリアをお持ちであり、華麗なる転身の影には常に「選ばれし者の恍惚と不安」を抱えながらの葛藤があったのではないかと思います。それでも自分の正しいと信じる道を選び、悩み、懸命に歩むことが私達を成長させてくれるのだと感じました。
②留学をこの国で推進するということ
私達トビタテ生に期待されることの1つとして、留学を各自のコミュニティで推進させるということがあります。日本政府としてもとにかく留学する学生を倍増させようとしています。そのためにはいかにして留学へのハードルを下げるかということが今日の研修の議題でもありました。しかし、個人的に少し違和感を覚える点がいくつかあります。
i)そもそも留学する価値が昔ほど高くない。
インターネットの普及により昔にくらべて海外に留学する必要性が低下しているような気がします。知識や技術の習得を目的とした時に留学の価値は確実に低下しています。世界中の研究情報が手に入りますし、e-learningの発達により海外の大学の講義を遠隔で受講することも可能となりました。僕も実際にHavard大学が配信する無料のコースで統計学や疫学を学んでいます。こういったことからも、知識吸収のために留学をすることの価値は昔ほど高くないと言えると思います。一方で交渉力や異文化への理解、コミュニケーションといったソフトスキル的な面では依然として留学することのメリットは大きいでしょう。こういった部分に関して、留学という選択は良いのかもしれませんが、むやみに留学する必要はないような気がします。
ii)留学するために手取り足取り世話をしないといけないような人に留学する資格がるのか。
留学するとなると、ビザの申請から、受け入れ先との交渉、住む場所の手配から保険やワクチンの管理といったことを自分でする必要があります。それに加えて、より良い成果を挙げるために人一倍努力することが求められます。全てが日本と同じように順調にいくわけではありません。時には絶望したり、怒ったり、泣いたりしながら、それでもなんとか進まないといけないのです。そういった厳しい環境に身をおくことで、ある種のサバイバル能力的なものが身につき、自信に繋がるのではないでしょうか。このようなある種の高負荷のトレーニングに挑むのに、どうして応募書類の書き方を手取り足取り指導したり、留学してくれるように留学の心理的なハードルを下げる必要があるのでしょうか。意識の低い学生を大量に送り出せば、日本人留学生全体の評判に関わります。もちろん社会経済的な理由がハードルとなって留学を諦めている学生を支援するための広報や、プログラムの期間や費用分担に関して配慮する必要はあると思いますが、1から10までお膳立てしてあげないといけないような甘い考えの学生を留学させる必要はないと思います。
③トビタテ生というコミュニティ
トビタテの年齢層が比較的若いこともあり、正直言って何も出来ないけど元気と好奇心だけはある!という感じのコミュニティです笑
これは別に悪いことではなくて、これから年相応の成長をするために必要な要素だと思います。実績はないけどポテンシャルをある若手人材を成長させることはこの国の未来に必要なことでしょう。
お互い専門が違うからこそ学べること、語り合えることがあってとても楽しいです。でもまだみんな大した実績はない。
だからこそこれから一緒にみんなと成長していきたいですし、一緒に仕事が出来る機会があれば最高だなと思います。
コメント