オリエンテーションも終了し、タイは大型連休となっていたが、今日からいよいよ心機一転、内科での実習が始まった。日本の他大学から来ている学生もいるため、日本人学生+タマサート大学の6年+インターン+レジデント+チーフレジデント+アテンディングドクターという大所帯のチームで病棟を管理している。
病棟はナースステーションを中心に、円形に20床ほどのベッドが配置しており、カーテンのみの簡易な仕切りしかない「オープン式」の病棟である。もちろんエアコンなんてものがあるわけもなく、室内は外気温とおなじ39℃程度まで上昇し、まさに灼熱病棟と化していた。
僕達が病棟へ上がると、インターンやレジデント達が声をかけてくれ、「どんな疾患を勉強したい?」と聞いてくれた。僕達は、ベッドに横たわる患者様をひとしきり眺めてから、出来るだけ真摯な表情を作りながら「なにか熱帯の国特有の病気を勉強したいです。」と答えた。すると、先生たちは一瞬、意表を突かれたかのような表情をしたが、すぐに困ったような表情をしてこう返したのだった。
「残念だけど、今はそういう患者様はいないわ。」
僕は正直ガッカリした。
この国で医学を勉強するからには何か「熱帯地域らしい」症例を経験したい、と切に願っていたからだ。いや、正確にはそうしなければいけないという強迫観念のようなものが自分の中にあったのかもしれない。
「タイに留学して珍しい寄生虫の症例を経験しました!」
と言えたら、少なくとも対外的に「タイに留学した意義」を伝えることは難しくない。でも現実はそんなには甘くないのだ。
焦る気持ちと、39℃という酷暑のせいで背中にまで汗が滲んでくる。
この地域ではマラリアも多くないし、雨季に突入する前でデング熱も少ない。その他に、国際保健の世界でお馴染みのAIDSや結核といった感染症もみることはなかった。
病棟にいるのは、見渡す限り日本でもお馴染みの疾患の患者様ばかりだった。
これが現実だ。
「何かを学ばなければ」
そう思う気持ちは確かに大事なのかもしれないが、「学ぶべきもの」を勝手な想像で選り好みしていた自分を反省した。たしかに、熱帯病のような「わかりやすい」ものではないかもしれない。けれど、ひとりひとりの患者様から学ぶべきことはあるはずだ。たとえ日本と同じ疾患しかなくても、それもまた1つの学びなのだろう。
そのように思いを巡らしているうちに、スクラブはすっかりと汗でビショビショになり、喉はカラカラになっていたが、心は不思議と少しだけ軽くなっていた。
さて、これからどんな患者様との出会いが待っているのだろうか。
今日よりも素直な気持ちで、明日はあの灼熱病棟へ向かえることだろう。
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