プログラム設計の初手での間違いが健康プログラムを台無しにする
行動変容を議論する際にまず問題になるのが、どのように介入対象となる行動を定義し、どのような行動を促進するかという点です。私はこれまで様々な行動変容プログラムに携わってきましたが、この部分で既に上手くいっていないプロジェクトが大半を占めます。
例えば、以下のような失敗例をよく見ます。
・前糖尿病状態の人に健康的な生活習慣を身に付けさせる。
そもそもこれは行動ではなくアウトカムの定義です。しかもアウトカムも具体的ではなく、数値化もされていません。健康的な生活習慣とは何なのでしょうか
・新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言発令地域で、外出を避ける。
こちらも外出を避けるというのが何を指すのかが不明瞭ですし、外出を避けるために何をすれば良いのかが対象者には伝わりません。
臨床研究の世界ではリサーチクエスチョンの作り方としてPECOやPICOといったフレームワークが使用されますが、これらは研究の根幹であるリサーチクエスチョンをより洗練したものにするために役立ちます。多くの人はこの過程に時間をかけることなく、研究デザインの立案に移りますが、曖昧なリサーチクエスチョンを元にした研究はどこかで綻びが出てきます。これと同じことが行動変容プログラムの立案においても言えます。
曖昧な目標では人の行動を変えることは出来ません。ターゲットとなる行動が不明瞭のままでは、どのような介入を行えば良いかも定まらず、プログラムのKPI(Key Performance Index)を設定することも困難となり、プログラム全体が暗礁に乗り上げるのは時間の問題です。
今回の記事では良い行動の定義とは何かを解説し、行動変容プログラム設計の初期段階である行動の定義を適切に行えるようになることを目標とします。
健康行動とはなにか
健康行動学の金字塔とされる教科書 “Health Behavior”においては、Gochmanの定義が取り上げられています。
信念・期待・動機・価値・認識などの認知的要素、情緒的・感情的な状態や素質などの人格的特性、そして健康の維持・回復・向上に関連する行動パターン・活動・習慣
(Gochman 1982, 1997)
この定義は健康行動学を考える上では重要なのですが、極めて包括的で実際のプログラム設計に活用するには抽象的で難しい印象を持ちます。
そこでもっと実務家に寄り添った定義を見てみましょう。
人が為す事のうち、観察可能で、測定可能で、繰り返し行われるものを”行動”という。
DEFINING BEHAVIOR, The IRIS Center
こちらはヴァンダービルト大学ピーボディ教育発達科学大学が教育現場における行動研究を行うために作成した行動の定義です。Gochmanの定義においては認知的要素や人格的要素について言及をしていましたが、後者のものでは外部から観察可能な「動き」にのみ着目し、動機や内的な過程、感情などについては取り扱わないこととしています。このようにすることで、行動の頻度や介入結果を取り扱いやすくしています。
このブログにおいても基本的に行動についてはこの後者の定義を採用し、認知的要素や人格的要素は行動を決定づける構成要素の1つとして取り上げます。
ターゲット行動から代替行動を導き出す
行動の定義については様々なモデルで提唱されていますが、ターゲット行動を書き出し、そこからそれに対応する代替行動を書き出すというアプローチが一般的です。
ターゲット行動とは改善が必要な行動を指します。適切な水準より多く行われている行動や、少なく行われている行動がこれに当たります。
例えば
- 週1日しか15分以上の運動をしない
- 1日5回食事をする(間食含む)
- 1日5時間の睡眠しかとらない
といった具合です。
これに対して代替行動とは望ましい水準で行われる行動や、先程のターゲット行動を代替する行動を指します。
先程の3つのターゲット行動を例にすると
- 1回30分以上の運動を週3日以上行う
- 1日3回の食事をする
- 1日8時間の睡眠をとる
となります。
この際に留意すべきポイントがいくつかあります。(DEFINING BEHAVIOR, The IRIS Center参照)
行動を観察可能な形式で書く
行動の定義でも触れましたが、行動とは対象者が為す外部から観察可能な動きを指し、感情や内的な過程は含まれません。これらを念頭に「代替行動」が外部から観察可能なものとして記述されているかを再度確認してみましょう。
悪い例:野菜を使った料理に関心をもってもらう
良い例:野菜を1日350g以上摂取する、野菜を使った料理を1日3皿以上食べる
行動を測定可能な形式で書く
プログラムを実施する以上は介入結果を数値化し、定量的に評価するというプロセスが必要不可欠となります。また数値化することにより問題点を明らかにし、プログラムの改善を行うことが可能となります。そのため測定可能な形式で行動を定義することが重要です。
行動を肯定文で書く
これは実務家が最も間違いやすいポイントです。行動変容を促す時に「〇〇をしない」という否定形で行動を定義することが頻繁に見受けられます。「〇〇しない」という否定形での定義でも測定可能・観察可能な行動である場合もあるのですが、一般的に測定が難しいとされています。また、対象者にとってはどのように行動を改善すれば良いのか、どの程度の頻度が適切なのかが曖昧になってしまいます。行動を定義する目的が、行動変容であるため、対象者にとって「何をすべきか」がわかりやすくなる形で定義しましょう。
悪い例:間食をしない
良い例:1日の食事を3回とする
可能な限り一義的にわかりやすく書く
行動に対する介入を行う際、「運動を増やす」のようなふわっとした介入ターゲットを設定しがちです。そして「ひとりひとりに応じたオーダーメイドな対応を」という耳障りの良いフレーズの元で介入を明確に定義することなくプログラムの設計に進む事がよくあります。しかし、介入者自身が何をしているのか明確に分かっていない状態でプログラムが上手く進むことはありません。4W1H(いつ、どこで、だれが、なにを、どのくらい)を意識して行動を定義しましょう。
先程の「1回30分以上の運動を週3日以上行う」という例を挙げてみると「どのくらい」についてはある程度記載されていますが、まだまだ具体的にする余地がありそうです。
たとえば
「HbA1c 6.0-6.5の成人男女が1日30分以上のウォーキングを屋内外で週3日以上行う」
のようにすればより具体的に行動を定義することが出来ます。また先程の例に比較すると解釈の余地が狭まり、より一義的な定義に近づいているのがわかります。
このように概念的な定義を実際に具体的かつ測定・検証可能な定義に落とし込むことを専門用語で、操作化(Operationalize)と言い、この過程を経て作られた定義を操作的定義(Operational definition)と言います。
まとめ
介入プログラムの作成の初期段階で重要となる行動の定義について紹介してみました。
現在実務家として健康増進プログラムに携わられている方は、今一度「どんな行動を促進しようとしているのか」について振り返り、この記事を参照しながら行動の定義をブラッシュアップしてみてはいかがでしょうか。
今後はこれらの行動をプログラムに落とし込む際の目標設定の方法についてもお伝えできればと思います。
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