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すれ違うリスク認知とコミュニケーション

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リスクについて考えるWith コロナ時代

私達は常に不確実性の中を生きています。
特にWith コロナの時代においては数ヶ月先の世界を予測するのも困難な状況です。
新型コロナウイルス感染症が報告された約1年前、誰が今日のこのような世界を予測出来たでしょうか。
私自身、これほどまでに「リスク」ということについて考えさせられ、「リスクコミュニケーション」について考える機会がなかったので、今回はこのテーマについて記事を書いてみました。

リスクとはなにか

リスクとは危険源である(ハザード)からもたらされる危害の大きさとその発生確率をかけ合わせたものであると一般には解されています。したがって様々な行政や企業においてもこのように危害の大きさと発生確率をある程度定量化し、その管理を議論します。
しかし、一般人が「リスク」について考える場合には危害の大きさやその確率を瞬時に正確に把握することは難しく困難であるため、経験や感覚に基づいて判断を下していくことになります。
このような脳内でのショートカットが原因で、専門家が提示するリスクと一般人が認知するリスクとの間に乖離が生まれます。

ヒトはリスクを見誤る生き物

前述の通り、リスクを認知する時には様々なバイアスやヒューリスティック(一定方向への認知の偏り)が関与します。
最も代表的なものは利用可能ヒューリスティックと呼ばれるものです。
私達がなにか身近なリスクを評価する時(例:新型コロナウイルスに感染する可能性を考える時)、必ずしも統計的なデータがすぐに利用可能なわけではありません。そのため人間は自分に馴染みやすく、想起しやすい事柄など利用可能な情報を元に意思決定を行おうとします。
利用可能ヒューリスティックでは、頻度の高い事象だけでなく、自然災害や凶悪犯罪などのショッキングな出来事も想起されやすく意思決定に影響を及ぼします。あくまでも認知の問題ですので、より印象に残っている情報が影響力も大きいということだと考えられます。

(PDF) Rating the Risks
PDF | People respond to the hazards they perceive. If their perceptions are faulty, efforts at public and environmental protection are likely to be... | Find, r...

またSolvicら(1979)の研究で、様々な死因毎に死者がどのくらいいるかという予測値と実測値がどの程度乖離するのかについて明らかにされています。図中の45度の直線上であれば実際の値と予測値が完全一致していることを示しています。
この論文が書かれたのは1970年代であることが前提ですが、ボツリヌス中毒、トルネード、洪水、天然痘ワクチンなどの極めて稀な死因については実際よりも人数を過大評価しており、がんや脳卒中、殺人などの比較的絶対数の多い事象については人数を過小評価していました。
文脈は異なりますが、プロスペクト理論の中でも確率加重関数は歪んだ形状をしており、一般的に人間は低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価するという特性があると提唱されています。
このように人間のリスク認知では数値のデータだけではなく、人間の認知特性が大きく影響していることを理解する必要があります。

リスク認知に関わる要因

それではどのような要素がリスク認知と関係しているのでしょうか?
Solvicら(1987)の研究ではいくつかの一般人のグループに対して様々な事象のリスクを格付けし、リスク認知を定量化しました。それらの結果を元にリスク認知と相関する2つの要素を抽出しました。


https://science.sciencemag.org/content/236/4799/280/tab-pdf

1つ目は恐怖に関する軸です。
具体的には、

  • コントロール不能
  • 恐怖を感じる
  • 破滅的な結果になる
  • 命に関わる
  • 被害が平等でない
  • 次世代にもリスクがある
  • 簡単にはリスクを低減出来ない
  • リスクが増加している
  • 自発的ではない

といった事象に対しては人はより高いリスクを認知するようになります。

2つ目は未知性に関する軸です。
具体的には、

  • 事象が観察出来ない
  • リスクに晒されている人が認知していない
  • 被害が遅れて発現する
  • なじみが薄い
  • 新しいリスク
  • 科学的知見が蓄積されていない

のような要素が関連しています。

この2つの要素が高くなるほど、特に恐怖に関する軸が高くなるほど一般人が認知するリスクは高くなり、より強固な規制や対策を打つことを求める傾向にあるとされています。
ただし、このような認知には一般人と専門家の間で隔たりがあり、専門家は被害にあう人数などの数値的な指標に沿って評価する傾向にあるようです。このような専門家と一般人との間の認知ギャップが、政策やリスクコミュニケーションにおける感覚の違いを生み出しているのかもしれません。

リスクコミュニケーションへの応用

これらの知見を元にどのようなコミュニケーションを心がければよいのでしょうか。
そのヒントが農林水産省のサイト「健康に関するリスクコミュニケーションの原理と実践の入門書」にありました。リスクコミュニケーションについて非常に充実した資料を掲載しているので、興味のある方は是非御覧ください。それによるとリスクコミュニケーションの7原則は以下のようなもののようです。
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/r_risk_comm/#001

リスク情報提供の7大原則
(CovelloおよびAllen、1988)

1.国民を協力者として受け入れ参加させる。
目標は、知識ある国民を養成することであり、国民の不安を払拭したり行動を変えることではない。
2.慎重に計画を立て、努力の結果を評価する。
目標、聴衆、媒体が異なれば違った行動が必要である。
3.国民の特定の不安に耳を傾ける。
国民は、しばしば統計や細かい事実より、信用、信頼性、能力、公正さ、共感により関心を持つ。
4.正直、率直、公明正大な態度をとる。
信用および信頼を得るのは難しい。それらは一度失えば、再び獲得することはほとんど不可能である。
5.信頼できる情報源と協力する。
組織間の対立や意見の相違は、国民とのコミュニケーションを一層困難にする。
6.マスメディアの要望を満たす。
マスメディアは、通常、リスクよりも政治、複雑よりも単純、安全よりも危険に関心を示す。
7.明瞭に、思いやりを込めて話す。
病気、傷害、死亡などを悲劇として認めることを、妨げるような努力をしてはならない。国民はリスク情報を理解しても、行政とは意見が一致しないかもしれない;一部の人々はそれだけでは満足しないだろう。 

一般人と専門家の認知の違いを理解し、その上で対話する相手の感情を汲み取りながら一貫したメッセージを率直に伝え、信頼関係を構築してくことが重要なようです。
言葉にすると陳腐な結論にも思えますが、どういった状況でリスク認知が高まりやすいのかを勘案しながら発するメッセージを工夫したり、時には数値だけでなく物語的なストーリーを交えたりすることで、より多くの人の心に届く情報発信が可能になるのかもしれません。

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